情報公開は、各自治体はもちろん、国レベルでの制度化もいそがれねばならないのです。
コンピュータと光ファイバーなどがドッキングしたニューメディアの時代になって「情報」が、ものすごいスピードで、かつ大量に、私たちの周辺で飛びかっています。
こちらがやみくもに受ける一方の今のマスコ、ミとちがって、自分の必要な「情報」を欲しいときに手に入れたり、場合によっては、自分が「情報源」になる双方向のコミュニケーションが可能な時代です。
しかし、「自分以外の他人が」「商売として」情報を提供するものである限り、その「情報」は、私たち市民の欲求を満たしきれるものではないと思うのです。
話はむしろ逆で、ますます「画一的で」「押しつけがましい」「ムダな」情報がはんらんするばかりだ、とむしろ、否定的に考えることもできます。
80年代半ばころになると、自治体は一斉に情報公開の制度化を始めました。
重い腰の国をしりめに「バスに乗り遅れるな」とばかりの、一種のブームの感さえありますが、その中味を点検すると、いろいろ問題が多いのでした。
自治体の首長が言いだしっぺで、保守も革新も、与党も野党も賛成するような妥協の産物が生まれてみたところで、ほんとに、市民が欲しがっている情報が出るのでしょうか。
その自治体が保守であれ、革新であれ、権力にとって都合の悪い情報が出るわけがない、とはじめから冷ややかな目で見ている人たちも、例えぽマスコミ関係者の中にいます。
それらの問題点をいろんな角度からチェックしてみたところ、その結果、首をかしげるような、おかしなものもたくさんあることがわかったようです。
アメリカや、スウェーデンなど、欧米諸国では十一か国(保障の程度がマチマチで一概に言えない面もある)が、何らかの形で制度化しています。
日本でも昭和五十一年のロッキード事件以来、国レベルの制度化が声高に叫ばれましたが、この方は、いつの間にか、しりすぼまりで、代わりに、地方自治体レベルの制度化が、このところ急速に広がってきました。
昭和五十七年四月の山形県・金山町が情報公開条例を作ったのが第一号で、その後わずか3年の間に、神奈川県、埼玉県、大阪府、長野県、東京都と都府県レベルでは五つ、市では福岡県春日市や神奈川県川崎市など七つ、区が東京の目黒、板橋、豊島の三区、町では八つがそれぞれ、条例を作って制度化しました。
「公務員はパブリック・サーバント、つまり公僕というんだって」と聞いて、その英語が珍しかったのも、何となく思い出話めいて、現実のお役人たちが、私たち市民に使われている景色などさらさらないのです。
日本に、まだほんとうに民主主義が根づいていないということだと思いますが、これからも憲法にあるとおり、「主権在民」でいくんだ、というのであれば、お役所が持っている情報を見たり聞いたりするのは、私たち市民の当然の権利なのです。
「公僕」たちが、ちゃんとやっているかを監視し、あれこれ注文をつけるためにも、私たちにはそこにある情報を「知る権利」があります。
この「知る権利」を法制度の中で具体的に保障し、実際に、役所の公文書などを見られるようにするのが情報公開制度です。
今回はちょっと真面目なお話を。
情報公開についてです。
情報過多な昨今、便利なようで便利じゃない場合もありよ~と言うわけです。
お役所が持っている情報は、原則として全部、私たち市民に、教えなさい、というのが「情報公開」です。
政府や、各自治体や、議会などが持っている公文書などを、国民、都道府県民、区市町村民に、閲覧させ、必要があるときは、コピーをよこしなさい、ということです。
太平洋戦争で負けたとき、私たちは、やってきたアメリカの占領軍から「これからは政府も、自治体も、御主人様はあなた方国民で、そこで働いているお役人はあなた方の召使いです。それが民主主義というものです」と教わり、昭和二十二年五月三日施行の日本国憲法も、そのとおり「主権在民」が明確にうたわれました。
あれから四十年にもなろうというのに、私たちは〃御主人様〃の気分になった記憶があまりないのはどういうことでしょうか。
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