・・・『渚の唄』加藤恭子ペンシルヴァニア大学院のアメリカ人一女子学生が、日本人留学生と出会い、結婚、そして、五人の子供の子育てと研究生活といっても、現代では珍しい話題にはならないが、結婚したのが昭和12年、


そして日本人留学生が三井財閥の指導者として昭和初期の実業界の中心人物であった団琢磨男爵の次男、団勝磨であったから、ジーン・クラークの人生はあらゆる面で平凡な日本人の興味を引くものとなった。


本書の題の「渚」は、臨海実験所からの連想で付けられたものと思います。


葉が大きいわりに茎が細いので、伸びるに従ってちょっとの風でもふらふらする。


放っておくと、地表面で茎がすり切れてしまいます。


昨年は、北風でサヤエンドウがきりきり舞いして、春がくる前に全滅してしまった。


隣の畑では、細い竹を切って、先端をずらりとサヤエンドウの畝に刺していました。


竹の先の細かい枝に、サヤエンドウの短いツルが巻きついて支えるのです。


知らなかったなあ。


今年は大丈夫だ。


春になったらどんどんツルが伸びられるように、ころあいを見て、支柱にネットも張ってやろう。



ソラマメもサヤエンドウも、かなり肥料がいます。


先週きた時に、深く耕してたっぷりと鶏糞を入れておいた。


畝の幅は1メートルくらいに広くし、種は1列にまく。


ソラマメは、50センチおきに1か所に1粒、俗におはぐうと呼ばれる黒いすじのある方を下にして、土に埋めていく。


サヤエンドウは40センチ間隔で3、4粒ずつ。


深さは3センチぐらい。


ソラマメの方は、芽が出たら後は鼻唄でも歌っていればいいが、サヤエンドウの方は、そうはいかない。


サヤエンドウは、東の南側。


ここには3年前から支柱が立てっぱなしになっています。


実は、南の端にはアケビのッルが伸びています。


母親が送ってきたムラサキアケビの種を、ベランダの植木鉢にまいておいたら芽が出てきました。


それをここに移植したのだ。


ツルはもう見上げる高さまで伸びています。


花が咲くまでには、あと2年ぐらいかかるのでしょうか。


それはわからないが、アケビの支柱を支えるために、隣にもう1列支柱を並べて、横木を渡して固定してあります。


11月9日また、ソラマメをまくことにした。


ある程度肥料を入れておけば、それほど手がかからないとわかったからです。


サヤエンドウもまく。


春早いうちから収穫できるのがうれしい。


どちらも連作を嫌うので、まく場所には注意する。


今年は西の畝で作ったソラマメは、東の北側。


来年はキュウリを植えようと思っている場所だ。


5月の半ばにはソラマメは収穫できるから、それからキュウリの種をまいても十分間に合うはずです。

パソコン画面上の新聞記事にどうしても慣れないのはこのせいか、とも思ったりしているが、紙の簡便性、手軽さは、いかにインターネットが普及しても置き換えられない良さだ。


登場しつつある新たなメディアは、旧メディアを代替するのか、あるいは、旧メディアと融合しながら新しいメディアに発展するのか。


いまテレビとインターネットが一緒になった「ウェブTV」や、インターネットから自動的に好みの新聞記事が流れてくるプッシュ型のサービスなどが、次々に登場しています。


何が消費者に受け入れられるのか、見通すことは難しい。


これらの新メディアと旧メディアは、いずれそれぞれの特徴を生かしながら棲み分けができたり、融合したりしていくでしょう。


それに情報通信ビッグバンがきたからといって、インターネット上に、すぐに新しい文明が開花するものでもない。


さまざまな変革をたどりながらも、確実に新しいメディアによる新しい文明が築かれていくはずです。

ラジオは自動車の中で聞いたり、歩きながら聞くメディアに変革した。


モータリゼーションと家電技術の進歩に救われたともいえます。


何がメディアの土台を浸食し、何が救うか。


それは運であったり、知恵の出し方いかんでしょう。


だからこそ、メディアの合従連衡が起き、試行錯誤が始まったのだ。


紙メディアに身をおくひとりとして、紙メディアは今後も生き残ると信じています。


こんな話があります。


人類は紙を発明して以来、歴史的にずっと現在のA4判を記録用紙に使ってきました。


それが縦書きだろうと横書きだろうと文明の違いによらず、変わらない普遍的な形なのだそうです。


新聞も四つ折にすればこの形になります。


文字情報を読むにはこれが最適なのだといいます。

テレビが登場した時、これでラジオはなくなると予想した人がいます。


だが、ラジオはいまだになくなっていません。


映画産業は大打撃を受けたが、ハリウッドはいまだに隆盛を誇っています。


ラジオやテレビなど電波を使ったメディアの登場で新聞は打撃を受けなかった。


かえって相乗効果があって、マスコミ全盛期をもたらした。


それぞれにメディアとしての特性があり、社会はそれぞれを使い分けてきたのです。


新聞は手に持ってトイレで読むことができます。


込み合った電車でも読めます。


戦時中、戦後の物資不足の時代はトイレットペーパーの代わりにもなった。


トイレットペーパーは冗談にしても、メディアの変革期に対応を誤れば、私たちの国映画産業のように、衰退するメディアも出てくるでしょう。

一般に、人間が対象を認知する場合、その対象の特徴をチェックしてから全体を認識することが多い。


合宿免許でも少し学んだような気がします。


これを車がぶつかったときにあてはめると、"しまった"と感じた瞬間、まず相手の車をチェックし、そのあとにどんなドライバーなのかを確かめようとする。


もし、相手の車が何千万円もするような高価なものだと、ドライバーの顔も見ないうちから、気の弱い人は背筋がゾーッとしてきます。


これは、相手ドライバー自体を直接認知するのではなく、前に見たり聞いたり試したりしてつくったワク(この場合は"高級車に乗っている人はコワイ人が多い"というワク)に関係させて価値づけてしまうからだ。


心理学ではこれを、フレーム・オブ・りファレンス(関係づけのワク)といっています。


お互いにまず車を見た。


そして同程度の車だと見るや、いったいどんなやつだというので怒鳴りながら外に出ていきました。


だから、顔を確認するまでにある程度、間があったのでしょう。


つまり、ここには、ドライバーとドライバーという関係以前に、鉄とガラスによってつくられた高価で便利な"車"というものとものとの関係が先にあるのです。


いいかえれば、人が車を運転するのではなく、車が人に運転させ、人を変えてしまうのです。


そして、人を変える方向は、おもに生まれたままの心の動き、原始的な心性なのだそうです。


なぜそうなるのか。


これは、車の持つ密室性に深くかかわると思われます。

文明はある技術が発明されたからといって、その日から生まれ変わるわけではない。


長い年月を経て変化する。


いまインターネットを使えなくても生きていけるし、文明史的意義を意識する必要もない。


過去、新しいメディアが登場した時期も、それですぐ毎日の生活に影響があったわけでもない。


だが、メディアの変革とは登場して何十年、何百年たって歴史を振り返ると、あの時代が大きな転換期だった、と意識されるものです。


歴史から消えたメディアには、モールス信号、消えてはいないが慶弔電報にしか使われなくなった電報、アナログレコードなどがあります。


いずれも新技術、新メディアに代替されました。


それではいま起きているインターネットFAXなどのメディア革命で、何が代替されるのでしょうか。

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